| 【あらすじ】
遠藤瑶子は、首都テレビ報道局のニュース番組で映像編集を担う技術者だった。虚偽報道すれすれに近い刺激的な画面を作り出すその腕は有能であり、局内では彼女の右に出る者はおらず、ニュース番組のキャスターまでもが彼女の技術を信頼しきるほどであった。それゆえ、彼女には驕り高ぶるところがあり、上司に従わず、自分の主観で作り出した映像を強引に電波に乗せてしまうところがあった。
瑶子には10歳の息子がいるが、仕事好きが災いして、同じく映像編集者である夫とは離婚し、一人暮らしをしていた。
ある日、瑶子は番組のファンであるという郵政省電波監理課の春名誠一と名乗る人物から、一本のビデオテープを託される。最近起きた市民オンブズマン組織の弁護士の転落事故は、郵政省の汚職がからんだ計画的殺人だ、と告発する内容のテープである。
その内容は、亡くなった弁護士の葬儀のあと、郵政官僚の麻生公彦が不敵な笑みを浮かべるという内容だった。
報道の客観性を信じない瑶子は、その不敵な笑みをクローズアップした映像を作り出し、上司のチェックをすり抜けて電波に乗せてしまう。
弁護士殺しの犯人だと指名された麻生は、逆上して執拗に瑶子に謝罪を求めてつきまとう。不安を感じた瑶子が事実関係を調べてみると、郵政省に春名という人物はいなかった…。
【作品の背景】
野沢尚といえば、劇場版名探偵コナン「ベイカー街の亡霊」の脚本を手がけた人でもありますが、2004年に亡くなってしまいました。素晴らしい才能をお持ちだったのに、とても残念です。「自殺」というニュースを聞いたときは信じられませんでした。ご冥福をお祈りします。
コナン映画を見て、私はかなり面白いと思いました。子供向けではないかもしれませんが、「銀行頭取や大企業の後継者としてぬくぬく育てられた子供たちが未来の日本をだめにする」という彼なりの風刺や、「日本をだめにする子供たちを抹殺するのではなく、自分の力で生きていく力を身に付けさせることが大事」というメッセージを物語に織り交ぜた話になっていました。それでもコナンの世界をよく理解して脚本を書いてくれたので、私としては、違和感なく楽しめました。
そんなわけで、私は彼に興味を持ち、今回の作品を読んでみたのです。
「破線」とはテレビ画面の走査線、「マリス」は悪意という意味。つまり、メディア側の情報操作、虚偽報道、やらせ、という意味です。
さすが、ドラマの脚本を書いているだけあって、マスコミの裏事情を暴いた作品をよく書いたな、と思います。
【感想】
江戸川乱歩賞を受賞した作品。けっこう面白かったのは確かなのですが…この方は脚本を書いた方が向いているのかもしれないな、と思いました。なんとなく、小説にした時の文章が自分に合わないかも。
ミステリとしてはいいです。最後まで、犯人が誰なのか、わからなかったし、麻生の人物像の描写には、「本当に麻生が犯人なのだろう」と思わされてしまいました。春名の演技には私も騙されました。驕っていた瑶子が堕ちていく様、自分の編集技術や、それがもたらす情報の真実性に絶対の自信を持っていた彼女が「私を信じないで、この映像も信じないでください」と言うラストも圧巻でした。
でも、人間模様や心理描写はいかがなものか…瑶子の部下の赤松が「本当は瑶子さんが好きでした」と告白するシーンはいまいち共感がわかなかったし、とってつけたような感じがして泣けませんでした。
ストーリーの主体は「勘違い」がもたらした悲劇なのですが、「僕、ずっと見ているからね」という息子の言葉の意味が、「母親をいつもビデオカメラで撮影しているからね」という意味だとは、ちょっと強引な感じがします。だいたい、10歳の息子が夜中に母親のアパートに進入するかいな…隠し撮りして帰り、そのビデオを差出人不明で母親に送り付けるなんて。もっと違う愛情表現をするのが妥当じゃないかな、と思うのですが…
ちょっと疑問はあることを除いては、この作品は読みごたえあると思います。
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